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 作品紹介





【写真集】

「小屋の肖像」(メディアファクトリー・2000年)

 日本の中に残る手触り感ある景色を求めていて出会ったのが一戸の小屋だった。
 おじさん達のセルフビルド(自作)による小屋は、小屋を建てた人たちの肖像そのものに見え、タイトルは「小屋の肖像」にした。
 雨露を凌ぐ小さな空間。トタンや板切れでコラージュされ、気ままに建てられた小屋は建築の原風景であり、モダンアートさえ超えてしまう潔い日本の景色でもあった。
  カラー96ページ

税込価格 : 3,360 円




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 既にそこにあった光景に、ふと気づくことがある。
それは、幼い頃から見ていながら、忘れ去られた光景であることが多い。
私の場合には、小屋がそうであった。
新しく建ったピカピカのビルや住居の背後に、地味でちっぽけな小屋は身を潜めていた。

 日本から、しっとりと心を落ちつかせる光景が消えつつあると思っていただけに
小屋との出会いは鮮烈だった。

 廃材を利用する小屋には 現代の暮らしが求める過剰さが無い。用のために建ち、捷色し、増殖し、生き延びてきた姿にはてらいが無い。 潔さがある。いい加減さがある。
 日本各地での小屋との出会いは、やがて私にとっては新しい侍、寂の
景色の発見にもつながっていった。
 そして今では、気になる小屋が自分のなかに住みつき、いつしか私もそんな小屋の住人になりすましているのだった。

 2000年8月27日 中里和人



Post Script

There are things that have always been there.
but you have forgotten them.
Then suddenly you realize they are there.
You may not have seen them since your childhood.
Sheds were such things for me.
Often hidden behind a gleamlng new building or a modern house was,
when i finally realized it,a small heart−Warmlng Shed.
That realization was striking,as l believed that quiet.
Simple scenes were disappearing from Japan・
Sheds.made of discarded materials.
are free from the craved excesses of modern life.
Sheds′built for practical uses−−the aged,
faded survivors−−are Straightforward, unPretentious and carefree・
As i encountered sheds around the country.
I knew i had found another representation of the Japanese taste
for the simple and quiet.
I have fallen in love with some of them:
They have come to live in my heart, and i in them.


August27.2000
Katsuhito Nakazato




2000/9/24 朝刊 日本経済新聞 書評
 廃材のベニヤや丸太、トタン板、モルタルやれんが……。時には生い茂る植物までとりこみながら、「小屋」としか呼びようのないパッチワークの建物は、いつも毅然(きぜん)と立っているように見える。
 「『これだ!』その小屋を見た瞬間、つつましさの中に秘められた品格のようなものを強く感じ」たという写真家は、北海道から沖縄まで、四年をかけて全国の小屋を巡る旅をした。
 写真は下北半島にたたずむ番小屋。背後の津軽海峡を渡ってくる強風は、カメラを固定した三脚を軽く倒したという。風雪に耐えてきた時の記憶を、見る者に意識させずにはおかない強さがある。
(C) 日本経済新聞社 1997-2000




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中里和人

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